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10年後の人員不足を回避する「高年齢労働者の労災防止」—生涯現役時代における労使双方のマインド改革

サンポナビ編集部

人事労務関連労働安全衛生法

2026年4月より高年齢労働者の労働災害防止の努力義務化がされた一方、「経営陣の理解」や「現場の意識改革」が進まず、対策が難航する企業は少なくありません。

 

本記事では、高年齢者の安全衛生や健康管理に詳しい産業医・亀田高志先生に、お話をお伺いしました。

 

現場の壁を乗り越えるために人事労務に求められる役割や、経営陣を巻き込んで対策を推進するための具体的なアプローチを解説します。

 

解説・監修:亀田 高志
(株式会社健康企業 代表取締役・医師 / 労働衛生コンサルタント / 日本医師会認定産業医)

 

努力義務化から半年、進まぬ現場で人事労務に求められる動きとは

亀田先生 インタビュー風景1

 

—産業医として現場をご覧になる中で、「高年齢労働者の労働災害防止」に向けた各企業の取り組み状況について、どのような印象をお持ちでしょうか

 

企業規模に関わらず、取り組み自体は依然として低調な印象です。

 

努力義務化前に厚生労働省が公表している「令和7年 労働安全衛生調査(実態調査) 結果の概要」を見ても、60歳以上の高年齢労働者が業務に従事している事業所のうち、「エイジフレンドリーガイドライン※を知っている事業所」の割合は24.8%にとどまり、さらにその中で「高年齢労働者に対する労働災害防止対策に取り組んでいる事業所」に至っては20.4%に過ぎません。

 

現場の感覚として、努力義務化後もこの数字が示す通り、認知・対応ともに道半ばといったところです。

 

その一方で、先日「高年齢労働者の労働災害防止」をテーマに講演を行った際には、会場とオンラインを合わせて約500名もの方々にご参加いただきました。

 

「具体的に何をすればよいのか」と熱心に情報を求めている方が多く、企業として『対応しなければならない』という課題意識自体は、非常に高まっていると感じています。

 

※通称、「エイジフレンドリーガイドライン」は2026年3月廃止、労働安全衛生法に基づく「高年齢者の労働災害防止のための指針」に移行

 

 

—「安全管理は現場と担当部署の役割であって、人事労務の範囲ではない」と考える人事担当者も少なくありません。国が公表した指針では、人事労務の役割についてどのように示されているのでしょうか

 

厚生労働省の「高年齢者の労働災害防止のための指針」では、人事労務管理部門が果たすべき重要な役割が明確に強調されました。

 

業種や規模によっては人事労務管理部門が主体となって対策を担当することが明記されています。

 

・高年齢者労働災害防止対策を担当する組織としては、安全衛生部門が存在する場合には同部門が想定され、業種又は事業場の規模によっては、人事労務管理部門等が担当することも考えられること。

 

・ 業務の軽減等の就業上の措置を実施する場合は、高年齢者に状況を確認 して、十分な話合いを通じて当該高年齢者の了解が得られるよう努めるこ と。また、健康管理部門と人事労務管理部門との連携にも留意すること。

引用:高年齢者の労働災害防止のための指針 (厚生労働省)

 

 

—「努力義務だから」と後回しにされがちですが、万が一労災事故が起きた場合、企業には具体的にどのような法的・経営的リスクが及ぶのでしょうか

 

努力義務を軽く捉えるのは非常に危険です。前提として労働安全衛生法は昭和47年(1972年)に労働基準法から分離独立時点から取締法規であり、労働基準監督官が強い権限を持つ厳しい法律です。

 

罰則がないからといって対策を放置し、実際に労災事故が発生してしまうと、国の指針を怠っていたとして監督署の指導対象となります。

 

また、監督署への申請や法的な補償手続き、長期休職や障害が残った場合の退職対応など、あらゆる実務が人事労務に重くのしかかります。

 

社員の安全と健康を守り、組織を円滑に回すためにも、 「努力義務」という言葉のニュアンスにとらわれず、万が一の事故のリスクを見据えて今すぐ動く必要があります。

 

経営陣を巻き込み「現場任せ」を脱却する方法

 

—人事労務が危機感を持って対策を進めようとしても、経営陣の理解や協力が得られず壁にぶつかるケースも多いようです

 

企業の本音として、高齢雇用対策の必要性は理解しつつも、生産性の維持やコスト負担などを考えると、手放しで「積極的に高年齢労働者を活用しよう」と言い切れないジレンマがあるのも事実です。

 

しかし、生産年齢人口が急速に減少する中で、人材確保が深刻な経営課題となっている現在、既存のベテラン社員に長期的に活躍してもらうことは、もはや避けて通れない現実となっています。

 

まずは経営陣側の意識を、「ベテランを本気で活かしていかなければ組織が成り立たない」という主体的なマインドへ転換してもらうことが必要です。

 

 

—経営陣の意識改革のために、人事労務ができる具体的なアプローチはありますか

 

経営陣の理解を得るための最も効果的なアプローチとして私が推奨しているのが、「自社の10年後の年齢分布図」を見せることです。

たとえば「現在の平均年齢が50歳」の企業なら、10年後、15年後の年齢構成を可視化して突きつけます。

年齢分布図

すると、「10年後には事業を維持できる人数が残っていない」「現場を支える技術やノウハウが継承されないまま消滅する」という衝撃的な現実が、図表のような数値として浮き彫りになります。

 

経営陣が痛感して初めて、労災対策も「優先すべき経営課題」の一つとして当事者意識を持ってもらえるようになります。

 

実際に、切実な人手不足に直面している中小零細企業のなかには、人財活用の観点から定年制を廃止し、その上で高年齢労働者の労災防止に非常に真剣に取り組んでいるところもあります。

 

「筋力・骨密度の低下」や「メタボ」に潜む高年齢労働者の労災リスク

 

亀田先生インタビュー風景2

 

—高年齢労働者の労災事故として、具体的にどのような事例が多く発生しているのでしょうか

 

最も多いのが「転倒」です。特に60歳以上の女性に多く発生しています。

 

高所から落ちる「墜落・転落」、階段状のところを転がり落ちる「転落」と異なり、「転倒」は平地で起きる災害ですが、これまでその危険性が見落とされがちでした。

 

しかし高年齢者の場合、骨密度の低下などから「単に転んだだけ」でも大腿骨骨折などの重傷からいわゆる寝たきりの状態に直結し、長期休業や離職につながりやすいのが特徴です。

 

また、「転倒」は現場作業に限らず、オフィスワークやサービス業、店舗での販売も含む、多くの職場でも多発しています。

 

通路にむき出しの電源コードなどに足を引っかけること、コロナ渦明けには、在宅勤務による筋力低下が原因で、通勤中に転倒するケースも増加しました。

 

 

— 健康診断結果から高年齢労働者の労災リスクの予兆をキャッチするポイントはありますか

 

熱中症対策が行政やマスコミから盛んに発信されている中で意外と知られていないのが「メタボリックシンドロームと熱中症リスクの関係」です。

 

メタボ傾向のある方は体温調節機能が低下しやすく、夏場に熱中症を起こす危険性が高まります。

 

ただし、健診データでリスクのすべてを把握できるわけではありません。

数値以上に「問診での対話」から身体面の熱中症リスクを推測することが重要になります。

 

問診や既往歴の聴取から日常的な生活習慣を聞き取ることで初めて、「現場作業に耐えられるか」「転倒や熱中症のリスクがないか」といった現実的な危険度を把握し、産業医等の意見に基づく就業措置を講じます。

 

とはいえ、実務上は従業員に「就業制限」をかけるのは非常にハードルが高い現実もあります。

 

残業禁止や配置転換などは、残業手当等がなくなることから給与のダウンに直結する他、本人の仕事へのモチベーションを大きく低下させ、強い反発や拒絶を生む要因になるからです。

 

だからこそ、産業医が一方的に制限を言い渡すのではなく、人事労務と連携して「安全に長く働き続けるための配慮」として本人に納得してもらう丁寧な合意形成と、日頃からのコミュニケーションが不可欠となります。

 

 

—健診結果で「有所見」があったとしても、本人の行動変容を促すのは難しい印象です。どのように啓発していけばよいでしょうか

 

「食事やお酒を我慢したくない」「運動する時間がない」と後回しにされてしまいがちですよね。

 

重要なのは単なる注意喚起ではなく、正しくリスクを理解して判断できるヘルスリテラシーを高める働きかけです。

 

例えば「肥満傾向=運動してください」と指摘するのではなく、「肥満傾向があると体温調節がうまく機能せず、熱中症になりやすい」という具体的なリスクを伝えます。

 

幸い、熱中症のリスクは救急搬送の増加などに加えて、8月までの気温上昇の自覚から、現実感を持って捉えられると思います。

 

また「転倒」も、ちょっとしたすり傷では済まず、「後ろに滑ったら、時速20キロ以上で道路や床面に後頭部を打ちつけたり、手首の骨折により仕事も家事もにできなくなったりする」といった生活に直結するリアルな危険性も伝えることが大切です。

 

「数値の指摘」ではなく「自分の生活や将来にどう影響するか」を正しく理解してもらうこと。

 

こうした啓発を通じたヘルスリテラシーの向上こそが、高年齢労働に耐えうる働く人を増やし、そのステップとしての「生活習慣の見直し」や「滑りにくい靴の着用」といった具体的な行動変容への第一歩になります。

 

 

—法定健診では「身体機能の低下」を測定する項目は含まれていないことが多いですが、リスクを測るため全社的に「体力測定」を実施するのは有効でしょうか

 

実は、むやみな体力測定(体力チェック)の実施は、安易に推奨できません。

 

普段、全く体を動かしていない人、運動習慣のない人が測定で「良い結果を出そう」と張り切りすぎてしまい、かえってケガをして労災を起こすケースがあるからです。

 

客観的にリスクを把握したい場合は、無理に体を動かす体力測定ではなく、例えば厚生労働省が利用を推奨している「転倒等リスク評価セルフチェック票(厚生労働省・中央労働災害防止協会)」の活用をおすすめします。

 

一定の年齢以上の社員や現場作業に従事する人などを対象に産業医等の医師の同席のもと、準備体操を行いつつ、無理をしないことを指導した上で体力測定、セルフチェックを行うことで、安全に個々のリスクの予兆をキャッチできます。

 

転倒等リスク評価セルフチェック票

引用:転倒等リスク評価セルフチェック票 (厚生労働省・中央労働災害防止協会)

 

働く側の意識改革も必須「75歳まで働ける体づくり」

 

—高年齢者に長く健康で活躍してもらうためには、企業としてどのような環境づくりを行うべきでしょうか

 

企業側の環境整備はもちろんですが、同じくらい「働く側自身の意識改革」も重要です。

 

そもそも本音として、「あまり長く働きたくない」「早くリタイアしたい」と考える高年齢者も少なくありません。

 

しかし、退職して完全に仕事を辞めてしまうと、日常の活動量が落ちて急速にロコモ(運動器症候群)やフレイル(加齢による心身の衰え・虚弱)が進行しやすくなります。

 

特に男性の場合、社会とのつながりが一気に希薄になり、孤立してしまうケースも目立ちます。

 

だからこそ、健康の定義に含まれる社会的なウェルビーイングを保つために、自ら「社会とつながり続ける」という働く側の主体的な意識も必要です。

 

 

—定年後のキャリア形成や、本人の意識改革がカギになるということですね

 

非常に重要です。

現在の現役世代は、自らが「70歳ないし75歳まで働く」ことを前提にライフプランを描く時代をすでに迎えています。

 

これまで若手向けと思われがちだった「キャリア形成」は、今や中高年層にこそ欠かせません。

 

中高年期のキャリアは右肩上がりのキャリアアップばかりではなく、役職を解かれる役割の変化や50歳以降に増加する介護との両立など、キャリアプラトーからキャリアダウンの加わった「波」があるのが平均的となっていくはずです。

 

大切なのは、過去のポジションや、従来のフルタイム・高報酬に固執しないことが、労働者と企業の『双方』に求められる共通認識となることです。

 

現場では、役職を降りたベテランが「昔の後輩の下につくのが面白くない」とモチベーションを失ったり、逆に若手・中堅側も「元上司に指示が出しづらい」とやりづらさを感じたりする職場が頻発しています。

 

厚生労働省の「高年齢労働者の安全衛生対策について」においても利活用が推奨されている、中央労働災害防止協会の「エイジアクション100」でも示されている通り、若い頃から高齢期を見据えたキャリア形成や役割変化の機会を提供し、ベテランになっても新たな立場でスキルを発揮できる風土をつくることが不可欠です。

 

(4)キャリア形成の支援

若年時から、高齢期までを見据えたキャリア形成の支援を行うとともに、
高齢期を迎える前に、今後のキャリアについて考える機会を提供している。

引用:エイジアクション 100 (中央労働災害防止協会)

 

さらに企業は、従来の働き方に縛られず「週2日だけ」「1日4時間」といったワークシェアリングなど、本人が体力に合わせて柔軟に選べる選択肢を用意する必要があります。

 

高年齢者は無理なく社会とのつながりを保ちつつ健康を維持でき、企業もベテラン層の貴重な経験や技術を次の世代に継承させ活かすことが、労使双方にとって良い環境と言えるでしょう。

 

人事労務の孤独や負担を解消する「産業医」の上手な巻き込み方

 

—法令対応や職場改善は、人事労務や現場担当者だけでは対応しきれない部分も多いと感じます。産業医をどのように巻き込み、活用していけばよいでしょうか

 

自社の産業医の「キャラクター」を見極めることがポイントです。

 

産業医には、法定の就業判定や面談を淡々とこなす「コンプライアンス重視型」の先生もいれば、企業の「人財活用全般」に踏み込んで協力してくれる「パートナー型」の先生もいます。

 

たとえば前者の場合、日頃の就業判定や面談への感謝を伝えた上で、高年齢者の労災防止対策の強化により「コンプライアンスの対象範囲が拡大している」という共通認識を形成するのが効果的です。

 
その上で、産業医の法定の職務である職場巡視、衛生委員会ないし安全衛生委員会での意見、助言、指導を起点に、医学全般から産業医学にかかわる知見に基づき、「人事部門が主導する高年齢者の活用における留意事項」についてアドバイスを求めるとよいでしょう。

 

 

もし後者であれば、単なる書類チェックにとどまらず、医学・産業保健の観点から高年齢者の人財活用について積極的な助言や指導をお願いするのがベストです。

 

例えば、改正労働安全衛生法に基づく国の指針(高年齢者の労働災害防止に関する指針)を踏まえた啓発活動を依頼してみましょう。

 

専門的な見地から意見をもらうことで、経営陣に対しても医学的根拠のある「人財を重視する健康投資」の一環として安全対策を提案でき、全社的な理解や予算獲得につなげやすくなります。

 

10年後ではもう間に合わない。今、人事労務から始める一歩

 

亀田先生インタビュー風景3

 

—まだ具体的なアクションを起こせておらず焦っている人事労務担当者へ、アドバイスやメッセージをお願いします

 

最初から完璧な制度や大きな予算を整える必要はありません。まずは、前述の通り、自社の「年齢分布図」を作成してみましょう。

 

数年後には現場やオフィスの大半がベテラン層で占められる未来が、誰の目にも明らかになるはずです。

経営陣を説得する際には、 単なる「ケガ・事故の防止」ではなく、「人財確保の難しさ」と「人的資本経営」の視点から伝え、対策を講じていく意思決定を求めることが有効です。

 

「10年後に手遅れにならないための投資」として、従業員が健康で長く活躍できる土台を今日からつくっていきましょう。

 

企業の法令対応・健康経営をトータルでサポート

 

高年齢者の安全衛生対策や法改正への対応には、現場と経営の双方を理解した産業医の存在が不可欠です。

 

株式会社エムステージでは、企業の持続可能な組織づくりに向けて、お客さまの課題解決をサポートしています。

 

 

 

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この記事の監修者
株式会社健康企業 代表取締役 / 医師 / 労働衛生コンサルタント /
日本医師会認定産業医 / 日本内科学会認定内科医

1991年産業医科大学医学部卒。大手鉄鋼メーカー等の産業医、米国コンピュータ関連企業のアジア太平洋地域の健康管理担当、産業医科大学講師を経て、母校が2006年10月に設立したメンタルヘルス対策等を提供するベンチャー企業の創業社長を10期務める。2016年5月に任期満了で退任後、危機管理対策、人的資本経営の実践に領域を広げて、企業や自治体等の人事部門等に向けたコンサルティング、教育、啓発を手掛ける。担当した研修、講演会は延べ2千数百回、受講者は9万人以上。

亀田 高志

株式会社健康企業 代表取締役 / 医師 / 労働衛生コンサルタント /
日本医師会認定産業医 / 日本内科学会認定内科医

1991年産業医科大学医学部卒。大手鉄鋼メーカー等の産業医、米国コンピュータ関連企業のアジア太平洋地域の健康管理担当、産業医科大学講師を経て、母校が2006年10月に設立したメンタルヘルス対策等を提供するベンチャー企業の創業社長を10期務める。2016年5月に任期満了で退任後、危機管理対策、人的資本経営の実践に領域を広げて、企業や自治体等の人事部門等に向けたコンサルティング、教育、啓発を手掛ける。担当した研修、講演会は延べ2千数百回、受講者は9万人以上。

この記事の著者
サンポナビ編集部

サンポナビ編集部

企業の産業保健・健康経営を応援する『サンポナビ』編集部です。健康経営トータルサポートを提供している株式会社エムステージが運営しています。 産業医をお探しの企業様、ストレスチェック後の高ストレス者面接でお困りの企業様、健康経営の推進をしたい企業様は、ぜひお問い合わせボタンからご相談ください。

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